心の古里「沖縄」のレジェンド

今から16年前に始めて飛行機に乗った経験が、この沖縄に来た時のことでした。昔から何故か沖縄に惹かれていました。初めてこの地を訪れた時に感じた「心が落ち着く」感覚を、ここに来る度に今でも感じ続けています。 今から11年前にここ沖縄でとっても素敵な出会いがありました。友人の勧めであるお店でメキシコ料理のタコスを食べた時のことです。そのお店はタコス専門店でお店の看板は「タコス専門店 メキシコ」です。そして素敵な出会いだったのはここのオーナーの儀武息次さんとの出会い。タコス一筋でもう約30年!お店のメニューはなんと「タコス」しかないのです。お店に入って注文する方法は、ただお店の人に「1皿」とか「2皿」、または言葉に出さずしても、手で枚数を見せるだけで注文が出来てしまうというシンプルさ。このシンプルさの中にオーナーの儀武さんのお人柄が引き立っていました。メキシコが好きで、そして三線と歌をこよなく愛するタコス屋さんの儀武さん。このタコスの味も「一筋」。私が今まで通った11年間微塵たりとも変わることのないシンプルで最高に美味しいタコス。儀武さんが時間をかけて守り抜いたここだけの秘密の味。

儀武さんは時間があるときには、お店の中で三線片手に笑顔と味のある歌声をよく聴かせてくれました。その歌声もタコスと同じく深みのあるシンプルでまるで心に古里の喜びを感じさせる歌声でした。

そんな親しみと味のあるタコス屋の儀武さんが、先月の13日に天国へ行ってしまったと、先日沖縄に行った際にお店の人から聞かされました。しばらく愕然としてしまい、言葉を失い、今までの11年間の儀武さんから受けた沢山の笑顔と思い出と学びが一瞬にして走馬灯のように駆け巡りました。

儀武さんの所に、皆さんのアップラインにもあたるリチャードもよく訪れていました。リチャードも彼のタコスが大好きで、1皿4つのタコスをリチャードは5皿も食べたことがあるほどです。私も過去に夕方にお店に入り、閉店の2時まで、1品メニューのタコスを食べながら、儀武さんと楽しく語らい、タコスを6皿も食べたことがあります(これはもう8年ほど前のことですf(^^;) )。そんな私の親しみを受けとめいつも楽しく迎えてくださった儀武さんは、私にとっても大切なことをある時に教えてくれました。

「1つのことに集中して何かを達成していくと、その1つのことを人に教えることの大切さが分かる。しかし、自分が手にしているこの良さを100%完全にはどうしても伝えられない領域がある。言葉にも文字にも出来ない自分だけが分かる「これ」(儀武さんは両手を前にして「これ」と言った)がある。形に見えない、言葉にもできない、文字にもできない「これ」。こればっかりは経験をして、自分の感覚としてだけで分かるものがある。それを如何にして後世に伝え残していけるかが大事だ」

皆さんにも伝わるしょうか。「これ」という見えない大切な価値。形には見えず、言葉でも文字でも表せない大切な「これ」というもの。儀武さんの目と表情から、その深みのある眼差しと、お顔の深い皺からははっきりと形の見えない「これ」が伝わってきました。私たちも大切なことをお伝えする時に決して形には表せない価値も一緒にお伝えしているはずです。この見えない「これ」を如何にして目の前にいらっしゃる方がご自身で手にされ、理解を深め、実感をして頂けるか否かをリードするのは、伝え手である私たちです。見えない価値は初めから感性として伝わる場合もあるでしょうし、しかし殆どの場合はゆっくりと時間をかけて人の心へ浸透していきます。それであるからこそ、煩雑にならずに、丁寧に、何度も繰り返しお伝えする、経験や気付きを提供し続けることこそが重要なことです。それが広く深く多くの方々に伝わって初めてレジェンド「伝説」となっていくのでしょう。

先月の13日から大好きな儀武さんが「タコス専門店 メキシコ」にいらっしゃらなくなっても、彼のレジェンドはそこで引き続き人を大きく魅了し続けています。店の雰囲気、看板、そして味は勿論のことですが、何よりも彼の人柄がまだそこにはっきりと見えています。三線を片手に笑顔で歌う儀武さんのレジェンドがそこに引き継がれています。

 

 

 

 

さあ、私たちもレジェンドを次々へ引き継ぎ、より大きく堅固な本来あるべき形を築き上げていきましょう!

紹介 motoshigek
宮城県仙台市出身です。現在、妻と7人の子供達と一緒に千葉県房総地区(九十九里浜の隣の市)に在住しています。家族愛を大切に、クリスチャンとして家族で楽しく精進しています。

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